本日の京都新聞より

【母校 一番 上鳥羽(かみとば)小学校】

~歴史伝える隠れた文化財~

今でも所々に古い町並みが見受けられる鳥羽街道近くに校舎が建つ。敷地内に置いてある「車石」は、かつて街道に敷かれていた石の名残だ。今は児童が地域の歴史へ興味を深める碑となっている。

江戸時代、荷を運ぶ牛車が通りやすいように道路に「車石」として切石を敷いた。大津と京都を結ぶ東海道や竹田街道、鳥羽街道に設けられ、明治時代になると取り外された。中央の石のへこみが特徴的で、すり減った車輪の跡が、行き交う牛車でにぎわった街道の様子をしのばせる。

各街道の車石について調べている車石・車道研究会によると、「鳥羽街道の車石は埋められた石が多いため、東海道や竹田街道と比べると残っている数は少ない」という。外した石を街道沿いの民家で石垣や庭石などに使う例はあるが、同小の3個並んだ車石は鳥羽街道ならではの隠れた文化財といえる。

同小近くにある実相寺(南区上鳥羽)の境内では寄贈された8個の車石を使って「車道」の様子を再現している。地域の車石から街道の歴史を知った6年の木下祐一君(11)は「上鳥羽にもこういう歴史があることが分かってうれしくなった」と話していた。

ただ、その車石があった歴史も時代とともに忘れられ、地域でも意外と知られていない。井上宣之校長(55)は「街道沿いで栄えた鳥羽周辺にはいろいろな歴史がある。子どもたちにも車石をもっと知ってもらい、研究する児童が出てきてほしい」と期待している。

(仲屋聡)

*上鳥羽小学校1872(明治5)年に上鳥羽村の人民共立小学校として開校。京都市への編入などを経て1947(昭和22)年に現在の名称に。2012年に創立140周年記念式典を催した。児童数250人。京都市南区上鳥羽城ケ前町16。

母校一番

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